大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌地方裁判所 昭和29年(行)21号 判決

原告 株式会社船矢造船鉄工所

被告 北海道知事

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が昭和二十九年十月五日函館市深堀町百六十四番地原野一町九畝十四歩についてした農地買収処分は無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

一  被告は、昭和二十九年十月五日買収令書の交付により原告所有に係る函館市深堀町百六十四番地原野一町九畝十四歩について自作農創設特別措置法(以下単に自創法という。)第三条第五項第三号により農地として買収処分をした。

二  しかしながら、右買収処分は、次の事由によつて無効である。

(一)  本件土地は、もと同所同番地の一、原野三町五反八畝四歩から分筆された一部であるが、函館市湯の川地区農地委員会は、昭和二十五年六月二十四日、右分筆前の土地について自創法第三条による買収計画を樹立した旨原告に通告したが、同通告には同条の第何項何号による買収計画であるかは明示されていなかつた。このような通告は、内容の不特定な行政行為として無効であり、ひいては右買収計画の無効をきたすものである。したがつて、本件買収処分は、無効な買収計画を基礎とするものであるから、買収処分としての効力を生じ得ず無効であるといわなければならない。

(二)  右分筆前の土地は、函館市街の中心から同市湯の川温泉街に通ずる電車路線より距離僅か二町位に位置し、近接地に官衙、商店、住宅等が急増し、その効用が一変したので、函館市は、原告に対する右通告後同年十月中に右土地を都市計画の用地とすることに決定した。そこで原告は、同月中に右農地委員会に対し、自創法第五条第五項による土地の使用目的変更方を申請したところ、同農地委員会は、同月二十四日右申請を承認する旨の決定をし、その証明書を原告に交付するとともに、同日前述の買収計画を取り消した。したがつて、仮りに(一)の主張が容れられないとしても、買収計画は取り消されたものであるから、買収計画は有効に存在することを前提とする本件買収処分は無効である。

(三)  仮りに、右主張がいずれも採用されないとしても、本件土地の現況は農地ではなく、原野であるから、これを農地として買収した本件買収処分は無効である。

と陳述し、右主張に反する被告の主張を全部否認すると述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は、主文第一項同旨の判決を求め、答弁として、

原告の主張事実中、被告が、原告主張の日時原告所有に係るその主張の土地(地目原野)につき、買収令書の交付により農地買収処分をしたことおよび右買収処分は函館市湯の川地区農地委員会が昭和二十五年六月二十四日自創法第三条第五項第三号の規定によつて樹立した買収計画を基礎とするものであることはこれを認めるが、その余の主張事実は全部これを否認する。

原告は、右買収計画は昭和二十五年十月二十四日右農地委員会によつて取り消されたものであると主張するが右買収計画の取消を審議した昭和二十五年十月二十三日開催の同委員会においては、「船矢(原告)の離作料支払を確認してから取り消す」旨決議されており、右買収計画を取り消す旨の決定をしていない。したがつて、右買収計画の取消処分は存在しなかつたものであるが、仮りに、右議決をもつて、停止条件付の取消処分であると解するとしても、条件成就後において、同農地委員会は適法な手続により、すなわち、自創法第六条第五項を準用して右買収計画樹立の際と同じ手続により、右買収計画取消の公告をしたうえ、法定期間これを縦覧に供しなければならない。しかるに、同農地委員会においては右公告縦覧の手続を踏んでいないから、右取消処分は効力を発生していない。

と陳述した。(立証省略)

理由

被告が、昭和二十九年十月五日原告主張に係る函館市深堀町百六十四番地原野(地目)一町九畝十四歩について、原告に対し買収令書の交付により自創法第三条第五項第三号による農地買収処分をしたことおよび右買収処分は、函館市湯の川地区農地委員会が、昭和二十五年六月二十四日樹立した買収計画を基礎とするものであることは、当事者間に争いがない。

原告は、同農地委員会の右買収計画の通告内容は、単に自創法第三条による買収計画とあるだけで、同条の第何項何号によるものであるかを明らかにしていないものであるから、右買収計画は無効であると主張するが、元来買収計画の効力発生要件については自創法上明定するところがないが、同法の定める一連の買収手続規定の解釈上その公告によつて対外的な効力を発生すると解する外はなく、土地所有者に対する個別的な通告は同法の何ら規定しないところであるから、仮りにこのようなかしある通告がなされたとしても、買収計画の効力を左右するものではないといわなければならない。したがつて原告の右主張は理由がない。

次に、原告は、本件買収処分の基礎となつた右買収計画が、昭和二十五年十月二十四日に湯の川地区農地委員会によつて取り消されたものであると主張するのでこの点について判断する。先ず、成立に争いのない甲第二号証の一、甲第四号証の二、三、甲第六号証、乙第一号証および証人南部湧蔵の証言によつて真正に成立したと認められる甲第三号証ならびに証人南部湧蔵の証言を総合すると、本件土地を含む同所同番地の一、地目原野三町五反八畝四歩について、湯の川地区農地委員会は、昭和二十五年六月二十四日自創法第三条第五項第三号による買収計画を樹立したが、その後、函館市が右土地を都市計画用地として買収する計画を定め、原告が、これを理由として自創法第五条第五項による使用目的変更の申請をしたので、同農地委員会は、同年十月二十三日右土地の使用目的変更を承認するとともに、同日「右買収計画を、原告の離作料支払を確認してから取り消す」旨の決議をし、同月二十五日右買収計画の取消を決定したものであることが認められ、右認定を左右するに足る証拠は存在しない。そこで、右買収計画取消の効力の有無であるが、およそ私権と公共の福祉との権衡等により行政処分の取消のゆるされる場合においても、その形式や手続は、特別の規定の存しない限り取り消される行政処分と同一又はこれに準ずる形式や手続によるべきものと解するのを相当とするところ、買収計画の取消においても、別異に解さねばならない理由はないから、買収計画が公告によつてその対外的効力を生ずるものである以上、その買収計画を取り消す処分も、公告によつてその対外的効力を生ずるものと解するのが相当である。ところで、成立に争いのない甲第四号証の二および証人南部湧蔵の供述によれば、同農地委員会は、当時、函館市で規定する公示条例にもとずいて土地の買収計画やその取消処分をその都度公示していたことが認められるが、本件買収計画の取消処分が公告せられたことを認めることができず、その他これを認めるに足りる証拠が存在しない。かえつて、前顕甲第三号証によれば、右買収計画の取消処分については、公告手続がとられなかつたことを認めることができる。果してそうだとすると、右買収計画の取消処分はその対外的効力を発生しなかったものであるから、右買収計画はその樹立以後有効に存続したものという外はなく、従つて有効な右買収計画を前提とする本件買収処分は有効であつて、買収計画が有効に取り消されたことを前提とする原告の主張は、採用することができない。

原告はさらに、本件土地は、現況が農地でないと主張するけれども、農地買収処分の適否は、その処分の時を標準として判定されるべきものであるから、たとえ買収処分後本件土地につき農耕が廃止されて原野の状況にあるとしても、このことをもつて買収処分の効力を否定する原告の主張は採用の限りでない。

以上のとおり、原告の主張はいずれも理由がないものであるから、本訴請求は失当として棄却を免かれないものである。よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十五条を適用した上、主文のとおり判決する。

(裁判官 立岡安正 吉田良正 石垣光雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例